独身炭鉱夫のためのアパートだった「平和寮」の玄関。かつての白亜の建物は、いまではコンクリートの地肌が露出し、深いツタに覆われて、当時とは全く違った光景を造り出している。
県道の整備によって細長い建物の約1/3が壊されてしまったものの、それでも一直線にのびる廊下はかなり長い印象だった。
全盛期には目の前に広がる大炭鉱住宅街を一望できたはずの南面は、今では小さな中庭に育った木々が覆い隠し涼しげな風情を醸し出している。
かつて700人以上もが住んでいた平和寮。
捲座同様、700人の鉱員が入る共同浴場にしては、その湯船はかなり小さい印象だった。
1階はその広い間取りから共用スペースだったことが伺える。
館内の壁面の下1m位は、全てブルーに塗装されていて、軍艦島の病院を思い出させてくれる。階段の手摺には抜け窓が所々あって、中に木製の十字のちょっとした装飾があしらわれている。
2階にだけ、小さく張り出した連続テラススペースがある。かつて独身の鉱員同士ビールを飲みあいながら将来の夢や恋人の話をしたのだろうか。
まるで額縁のようになってしまった部屋の窓。
押入の中にみえるコンクリの柱の太さから、かなりしっかりした造りのアパートだったことがわかる。
これだけ植物が覆っていても、崎戸の強烈な日差しは部屋に差し込んでくる。それを思うと、操業時、夏などはかなり暑くてたまらない部屋だったのかもしれない。
今の平和寮の住人。窓から入り込んだツタは、部屋の壁面にも至る所に繁殖している。
そしてもう一人の住人。人もそれ程訪れる事がなく、食べ物も探せばあって、日陰で涼んだりやひなたぼっこをしたりが自由にできるこの場所は、ネコたちにとっては最高の住環境なのかもしれない。
(C) O project, all rights reserved.